尾崎先生直筆の手紙
その10・11
尾崎楠馬先生が大津正一氏(中4回)に宛てた手紙の続きです。
その10、その11にある「令兄」とは江塚幸夫氏(中2回)のことです。その10は、その9の末尾にあったように昭和27年7月29日から30日まで一泊二日で乗鞍岳に旅行したことを報告する絵葉書です。母校の図書館やはぐま会館に保管されている尾崎先生の遺品には、未使用の各地の絵葉書がたくさんありました。尾崎先生自身、旅先で多くの詩歌を詠んでおり、旅行の際に御自身で買ったのか、絵葉書好きを知っている知人がお土産に贈ったのかもしれません。その11にある「民子」は江塚氏、大津氏の妹さんだそうです「鹿島の花火大会」はネットで調べると「浜松市天竜区で120年以上前から行われている歴史ある花火大会」です。
大津氏への手紙は、これで終わりです。
(原文は縦書き。一部推計。句読点は補足)
その10(昭和27年8月1日付)
拝啓 東京から帰来后聊か腸を損せられて居たにも不拘、約束なればとて注意せられた令兄を杖と頼み二十九日拂暁磐田発―名古屋―高山迄汽車、高山からは折悪しく篠つく雨の中を砕石、泥濘にのめり込むタイヤに自動車の上下左右に揺らるるを物ともせず、四時間にして乗鞍頂上近き一万尺の山荘に風雨の一夜を明かし、翌朝幸い少しの晴れ間に大鎗小鎗の尖峰の白雲を抜く壮観にお花畑の美観をほしいままにし、もとのコースをかへし三十日夕、無事帰宅しました。折角御親切にお勧め下さったが古川訪問は失礼しました。
その11(昭和27年8月22日付)
拝啓 残暑が土用の炎暑と変わらぬきびしさですが、昨今の御健康いかがですか。陰ながら御気遣申上げて居ります。一昨夜は令兄の御招待で鹿島の花火大会を見にゆきました。丁度、桜木からは民子さんがふみ子さんを連れて来て居られた。皆さんと御一緒に天龍川を俯瞰する鳥羽山頂の山荘の樓上から豪華を極めた花火の数々を存分に鑑賞の出来た事は永久に忘れぬ好印象でした。今夏は乗鞍登山といひ花火鑑賞といひ令兄の御案内で大きなプラスであった事は仕合と存じます。帰途はバスで民子さんと御一緒でした。鎌田へおかへりがけに立寄られたようです。先は御見舞旁〃御報迄。
その10(表面)
その10(裏面)
その11