わが青春の日々
昭和48年10月2日から毎日新聞静岡版で連載された「わが青春の日々」を上下2冊にまとめた本です。1年8カ月、497回にわたり、静岡県下の高校43校を取り上げています。磐田南高校は昭和50年1月7日から29日まで、20回連載され、下巻に収録されています。
初代校長・尾崎楠馬先生、初代教頭・小田原勇先生の「草創期の名コンビ」による「師弟同行の労作教育」から、尾崎先生の闘病生活を支えた「師弟愛」、卒業生の人物伝、水泳部・陸上部の栄光などが軽やかな筆致で生き生きと描かれています。
相当な人数の卒業生が次々と登場しますが、関東支部関係者も多数出て来ます。初代支部長の近藤富士雄氏(中1回)は「経営学の第一人者」で「同窓会の会合では近藤が顔を出さねば始まらない、といわれるほど信望が厚い」。講談社に入った丸尾文六氏(中1回)、高田忠一氏(中2回、第2代支部長)、松井利一氏(中4回)らについては「この講談社グループと尾崎校長とのその後の心温まる交流は同窓会史を飾る佳話の一つに数えられている」。教育界の人物として、近藤氏のほか、尾崎先生の通夜で読経をした酒井得元氏(中3回)、治療にあたった松下良司氏(中3回)、杉浦清治氏(中6回)、第9代支部長の安藤賢一氏(中10回)、第10代支部長の山内惣市氏(中12回)が紹介されています。陸上部のメンバーとして最近個展を開いた平野重樹氏(中18回)、インターハイ優勝の立役者として武田薫氏(高26回)が登場します。尾崎先生の最晩年を描いたところでは、同窓会の連絡調整役として奔走した玉沢喜代志氏(中3回)、病床の尾崎先生をお見舞いして東大病院入院のきっかけとなった大津正一氏(中4回)ら、多くの同窓生が描かれています。
上巻の榛原高校では小田原先生が登場します。当時荒廃していた同校を立て直すため、見付中学教頭の小田原先生に白羽の矢がたち、労作教育を持ち込んだ奮闘ぶりが詳しく書かれています。
ちなみに上巻には作家の井上靖が寄稿しています。井上靖は沼津中学卒業で、現在の沼津東高校の連載にも登場します。毎日新聞出身の井上靖は巻頭で連載記事について「その歴史が、主として教師、生徒の逸話や事件を通して浮き彫りにされている。謂ってみれば、人物・高校史とでも呼ぶべきものであるが、それぞれの高校の持つ独自な校風が語られ、そしてまたそれぞれの青春を嵌め込んだ時代が語られていることは言うまでもない」と書いています。
わが青春の日々(下)