北溟一

「北溟一漚」は尾崎楠馬先生の漢詩、俳句、和歌を収めた本です。見付中学の校長時代の昭和12年7月上旬、全国中学校長有志と北海道を視察旅行したときの印象を詠んだものです。溟(めい)は「海」のことで、北溟とは「北の海」。(おう)は辞書によると、「泡、うたかた」という意味と「カモメ」という意味があります。

尾崎先生は「心に浮び出づる水のさま山のたたずまひを拙き筆に写して後の思出にせむとてかくなむしるしぬる」と、はしがきに書いています。

漢詩(14首)は「北海游記」、俳句(15句)は「蕗の葉抄」(蕗は植物のフキ)、和歌(15首)は「虎杖抄」(虎杖=いたどり=はタデ科の多年草)という名前がついています。(原文は縦書き、ルビは原文のまま)

「題米人格拉克氏銅像」という漢詩があります。「格拉克」はクラーク博士のことです。

短歳深施教育恩 瓢然跨馬出学門
男児須抱青雲志 凛矣一言千古存

8カ月の短い期間ながら大きな教育効果を挙げ、少年よ大志を抱けという名言を残したクラーク博士を、同じ教育者として敬服している詩です。

俳句、和歌を2つずつ紹介します。(カッコ内は原文の読み仮名)

札幌市
アカシヤの花ある街(まち)に五月雨るる

北大植物園
楡(にれ)といふ大樹(だいじゅ)が下(もと)の青き踏む

層雲峡
石狩の谷の戸暗し虎杖(いたどり)と蕗(ふき)ときほひて丈(たけ)くらべせる

摩周湖
青黒き水の沈黙(しじま)にけおされて摩周の湖をそと窺きみる

尾崎先生が漢詩を学んだ師、大竹温先生は「北海游記」を評して、「游記十有四首、随実直叙不渉虚飾、而景物奇観躍如紙上、使游情勃発唫誦再四」と、素直で生き生きとした表現を称賛しています。

奥付によると、昭和12年11月25日印刷、同30日発行(非売品)となっています。「著作兼発行者」は尾崎先生で、印刷者は教員の竹村覚、印刷所は校友会印刷部です。

掲載された漢詩、俳句、和歌は「尾崎楠馬先生遺稿集」に収録されています。「遺稿集」によると「知友に頒たれた」とあり、知人に配布されたようです。

尾崎先生は多くの漢詩、俳句、和歌を書かれました。没後に関係者がとりまとめて霊前に供えられ、そのなかから「遺稿集」に収録されましたが、生前に個人の作品集としてまとめたのは「北溟一漚」だけかもしれません。大変貴重な本で「早稲田大学図書館」にあることがわかり、借り出すことができました。お手元にある方、古書店で見かけた方は、ご一報ください。

北溟一漚