少年倶楽部
「少年倶楽部」(講談社)昭和5年11月号に、見付中学に関する読み物が掲載されました。のちの五輪メダリスト、牧野正蔵氏(中7回)と尾崎楠馬校長、水泳部長の小林寛先生の物語です。題して「師恩と友愛と苦闘の物語」。
この年の8月23日、全日本水上選手権大会の1500メートル自由形で、見中3年生の牧野氏は当時の五輪記録を破って優勝しました。これを題材に見付中学を描いた17ページの記事です。まず学校の印象として「何といふ美しい、平和な、親しみ深い中学校でせう」と書かれています。そして牧野氏の入学から小林先生の献身的な指導ぶり、記録を樹立したレースの様子、努力を称える祝勝会の模様を、感動的につづったものです。
祝勝会で朗読された伊藤恕(ひろし)先生の詩「輝く誉(ほまれ)」も掲載されています。一部を紹介します。
水の勇者よわが牧野
高い理想を胸にして
のぼる飛躍の第一歩
勝ちて驕らぬ心あれ
汲めども尽きぬ喜びに
若き血潮の高鳴れば
磐田が原の秋晴れて
見付中学光あり
伊藤先生は母校の校歌を作詞した国語の先生です。
この物語を編集したのは「少年倶楽部」編集部にいた松井利一氏(中4回)です。松井氏は尾崎先生の推薦で昭和5年に講談社に入社したばかりでした。当時、講談社には丸尾文六氏(中1回)、高田忠一氏(中2回)、松井氏と3人の同窓生がいました。活躍する牧野氏が松井氏らの後輩であることを知った編集局の人たちが歓迎会を開きたいから会社に連れてくるようにと指示し、3人で神宮プールに駆けつけました。都合により会社に連れてくることはできませんでしたが、それなら苦心談を載せようということになりました。松井氏と丸尾氏はそれぞれ、尾崎先生に「興味本位の記事ではなく、純真な少年に奮闘記を読んでもらいたいのです」と説明する手紙を送って了解をとり、尾崎先生も取材の便宜や情報提供で協力しました。この経緯は母校で発見された松井氏、丸尾氏から尾崎先生にあてた手紙で明らかになりました。