尾崎先生直筆の手紙
その3〜5

尾崎楠馬先生が大津正一氏(中4回)に宛てた手紙の続きです。

その3、その4は、昭和25年に戦後初めて開かれた在京の同窓会に関するものです。

関東支部は戦前、尾崎先生が全国校長会議などで上京したときに総会を開いていました。戦争で中断していましたが、尾崎先生の戦後初めての上京に合わせて尾崎先生から開催を提案したようです。文中にある浅沼君は、のちに東京高等裁判所判事を務めた浅沼武氏(中3回)と見られます。尾崎先生は卒業生の消息に通じており、大津氏の同期の中4回の連絡先を伝えているところが注目されます。

戦後初めての在京の同窓会は「関東支部発展史」(関東支部会報8号)によると、昭和25年10月21日に湯島の江知勝で開かれ、中1~5回生の33人が集まりました。残念ながら写真など、それ以上の記録は現在見付かっていません。

(原文は縦書き。年月日など一部推計。句読点は補足。その三のはがきの名前の上に小さい○があるのは大津氏のチェックと見られる)

その3(昭和25年9月19日、はがき)

拝啓 朝夕は流石に初秋めいて来ました。不相変萬難を排して研鑽御精進して居られるでせう。偖私は昭和十八年来以来始めて上京し度いと思って(来月中旬→下旬)居ます。其の機会に(1)→(5)の見中同窓諸君に逢ひ度いと思ひます。費す所極めて少くして而も味ふところ極めて多き会合が願へればと念願してゐます。萬事は浅沼君と御協議願ひます。御参考迄に私の知り得た(4)諸君の住所を左に御しらせします。

萬事は御面晤の機会にゆづります。

九月十九日

その4(昭和25年11月?日、はがき

拝啓 過般同窓有志親睦会には種々御高配下され、御蔭で諸君と一堂の下、歓を尽し得た事は本懐の至でした。これがきっかけとなって将来東京支部の再興を心から祈っています。先は御礼迄御挨拶いたします。

その5(昭和26年1月9日、はがき)

謹賀新年
昭和辛卯元旦
静岡県
磐田市見付町北野
尾崎楠馬

その3

その

その