戦後2回目の同窓会
昭和26年に東京・四ツ谷の祥平館で開いた同窓会の写真が発見されました。この同窓会の存在は「尾崎楠馬先生遺稿集」「関東支部発展史」(関東支部会報8号)に出てきますが、写真は掲載されていません。高田忠一氏(中2回、第2代支部長)の親族が写真を保管しており、寄贈して下さりました。
関東支部は戦前から活動していましたが、戦争で中断していました。昭和25年に尾崎楠馬先生が戦後初めて上京することになり、先生ご自身が在京の同窓生に呼び掛けて戦後初めての同窓会を開きました。「関東支部発展史」によると会場は湯島の江知勝で、見付中学の1回生から5回生の有志33名が出席しました。この写真は見つかっていません。
さらに昭和26年に、尾崎先生の提案により、先生の再びの上京に合わせて戦後2回目の同窓会が開かれました。尾崎先生のほか、図画の教員で見付中学の庭園を造った丹羽五十吉先生、英語の木村雄六先生も出席しました。中1回~中10回が対象で、写真によると恩師を含め約50人出席したことがわかります。前列中央に尾崎先生がいます。高田忠一氏は前列左から4人目と見られます。このころは関東支部は再開しておらず、創立総会(再結成大会)は2年後になります。
四ツ谷で開いたのは、尾崎先生の要請で幹事を務めた玉沢喜代志氏(中3回)が大蔵省に勤務しており、当時大蔵省は四ツ谷に移転していたためです。祥平館という会社は今もあります。道路の拡張で祥平館の旅館はなくなりましたが、隣接地にオフィスビルを建て、少し離れた駅前にビジネスホテルを経営しています。同社から当時の旅館の写真を提供していただきました。
祥平館(当時の写真、株式会社祥平館提供)
戦後2回目の同窓会